「マジック・プレゼンス」

ゴッドフリー・レイ・キング (著) 2015/6/15  ナチュラルスピリット

歴史的名著『ヒマラヤ聖者の生活探求』のアメリカ版!

シャスタ山で著者のもとに現れたサン・ジェルマン(セント・ジャーメイン)。

体を自由に出現させる力を持ち、古代に栄えた文明を著者に案内する!

内なる神、永遠の一なる法則、物質を支配する法則を伝える!

著者について

ゴッドフリー・レイ・キング

 

 

◆自分という「内なる神」以外に神を創ってはならない

        心から自分を高めたいと願う真の学習者たちに、十分に理解してもらいたいのが、「願い」についてである。願いの伴わぬ行動では、創造力の熟練や次元上昇を遂げることはできない。向上する願いがなければそれは不可能だからだ。覚えておいてほしい。すべての建設的な願いはあなた方の中にある”行動する神”だ。それがなければすべては顕在化するわけがない。「顕在化」とは、内なる神が実現を望んで初めて実現するものである。

     「願う」行為は、推進力であり拡大する動きだ。

        それは生命そのものの性質とも言えるため、それなしでは存在しない。生命は永遠の活動であり、その活動を支えるのが「建設的な願い」である。だが真の願いと、単なる人間の欲求とは区別しなければならない。両者は「光」と「闇」ほどにかけ離れた性質のものだ。欲求は感情の経験によるエネルギーの蓄積に過ぎず、感覚器官に根付いた習慣の産物だ。

       何らかの願いがない限り、生命は発展も表現もできない。

       よって何かを行なう際には、自分の動機が何に基づいているかを常に意識する必要がある。学習者は警戒する姿勢を崩すべきではない。自分の感情、行動の理由に厳しいくらいの誠実さが求められる。自分では理性に基づいて行動していると思い込んでいても、実際には自分の感情を満たすためにしている場合が少なくない。

       ほとんどの人類が未だに、知覚だけに頼って生きている。

        彼らの人生の90パーセント以上を感情が支配しており、理性がコントロールする余地はない。内なる神やマスターたちの導きを受けることなく、物理的な欲求だけを重視して行動するのはそのためである。

        学習者が自分の感情体を認識するようになり、内なる“アイアム”の愛と叡智、力で完全にコントロールできるようになるまでは、「真の自由」に向けて進歩することは永久にできず、自らに対する信頼も得られることはない。”大いなるアイ・アム・プレゼンス”(自分は在る)(is be)は、自らの力を感情体に蓄える。生命を司る内なる神の完全な計画を果たせるかどうかは、感情体に蓄えられたエネルギーに左右される。

        自分の感情を抑えることや、それを平和的に用いることを拒み、感情を野放しにしたまま抵抗もしなくなると、その者は自分自身の精神や肉体だけでなく、自分を取り巻く世界を破壊する方向へ向かう。法則では、人間によって発せられた不和の思考や感情は、それがどんなものであってもまず、創り出した者の脳と体を振動させることになっている。つまり外界、宇宙に到達するよりも先に自身が刺激されるわけだ。

        外に出ていったネガティブな思考や感情は、一回りした後あなたという創造主の元へと戻る旅を始める。だが帰路では同じ性質のものを引き寄せ、集めながら帰って来るために、外へ放った時よりもよりネガティブが増大した状態となっている。これが宇宙の法則であり、不変の真理である。

        中には何世紀にもわたり、何度も転生を繰り返しながら、わずかの進歩しか見られぬ者もいる。その者の外的自己が強情すぎるためだ。だがそのような人間も、人生の浪費や物事の現実ぶりに疲弊すると、“内なるアイ・アム・プレゼンス”(内なる神)を呼び求めるようになる。

        そうなると、その時からあらゆる障壁が取り除かれ、その者の内に宿った偉大な光が、より完璧な表現をするために本領を発揮し始める。そして最終的には熟練したマスターへの道を歩み始める。

        これから奉仕とは何かの説明をするが、この言葉は誤って理解されている。多くの人が奉仕だと思い込んでいるさまざまな活動は、実は本当の奉仕ではなく、自分や他者の思考が生み出した創造物への屈従である。そういった肉体レベルの自己満足に浸るだけの行為は、過去も現在も未来も奉仕にはなり得ない。なぜならそれは人間の創造物に隷属し、低い次元で堂々巡りをするだけだからだ。

        だからこそあなた方には、奉仕に対する認識をここで一新してもらいたい。率直に言うと、「奉仕」とはあなた方が思っているようなものではないからだ。人間一人ひとりにとって最初の真の奉仕とは、“内に宿る偉大な神”を賛美し、敬うことに尽きる。他者に奉仕する際に、この愛と叡智、エネルギーの源である“内なる至高の存在”への意識が欠けると、確実にその活動は失敗する。

        奉仕の精神に満ち、他者への奉仕を強く願う者も、内なる“至高の存在”への無関心からその奉仕は失敗に終わる。つまり、唯一の真の奉仕とは、あなたの内に宿る”偉大なるマスターなる自分”をしっかり認識し、外的意識を”内なる存在”で満たすことにある。

        その状態で日々の活動を行なうならば、わざわざ奉仕を考えなくとも、あなたの活動のすべては自然に、内なる神への完全な奉仕となるだろう。そうなった者を導くのは”内なる偉大なマスター”であり、あなたの行動は必然的に完璧さを極めるようになる。

         人間の外的自己が完全に覚醒しないうちは、自分の能力を他者に自慢したり、虚栄心が強くなる時期があり、自分でもそのことに気づかない。だがそうした行為がネガティブを引き寄せ、それが原因となって外的自己が何らかの打撃や痛手を受け、やがて自分に対する内なる自覚の時が訪れる。そこで初めて、これまで気づかなかった、あるいは意図的に避け続けて来た”内なるエネルギーの源”を探し求めるようになる。

        だがあなた方がそうしたことに気づくまで、“内に宿る偉大なマスターであるエネルギー”が、あなたの選択に介入することはない。それは、神のエネルギーである人間の「自由意志」を尊重するからである。人間が”内なる偉大なエネルギー”を受け入れると、その力は喜んで顕在化するようになる。なぜなら我々が喜べば喜ぶほど、我々の願いは受け入れられ、何事も素早く顕在化するようになるからである。

        我々にとって“内なるアイ・アム・プレゼンス”(is-be)(在るもの)の存在を認めることは、従うべき命令であり、拒否できないものである。それはあなたの外的自己の殻が完全に取り払われ、自分自身に本来備わっている力を見出すまで、ねばり強く長期的に実践していくしかない。

        人間の顕在意識・外的自己は、自分というあらゆるエネルギーが、“内なる偉大な力”から来ていることを理解ぜず、ゆえにそのエネルギーをどのように使用すべきかも重視しない。だが奉仕への願いが、“内なる偉大な力”に対する受容と配慮にかけるべき時間を奪うようであってはならない。何よりも自分自身が、正しい奉仕をしていると自覚できることが重要である。真の奉仕はそれに尽きる。

       内なる“アイ・アム・プレゼンス”“is-be”“在るもの”は、「わたし以外の神を創ってはならない」と繰り返し告げているが、これはあらゆることに応用された『法則の神髄』である。(“至高のエネルギー”という内なる神以外に、外に神を創ってはならない)

次元上昇は魂(意識)と肉体が一体化して行われる

     私たちの脳裏に浮かんだ疑問を、サン・ジェルマンも即座に理解したようだった。

「地球の内部に人がいるだって? それはいったいどんな人々なんだ?」 

      次々と疑問が湧いてくる。サンジェルマンにしては珍しく、しばし考え込んだのちに、「では説明することにしよう。あなた方の真実を知りたいという欲求が大きいようだからね」と話し始めた。

  『自意識を持った人間、つまり自分が自由意志を持つ創造主と同じものであることを知り、それを自覚している者にとっては、自分が望めば、宇宙のどんな所でも行くことが出来ない場所や、何が起きているのか理解できないことなど何もない。宇宙の生命の真理を学んでいるあなた方は、そのことをぜひ忘れないでほしい。

  地球の核が火の塊(マグマ)だけであるという説は、実は根本的に間違っている。地球の内部のある一定の深さまではマグマが活動しているが、地球の核内部のある領域には自意識を持った生命体が住んでいる。彼らは途方もなく長い周期にわたり努力を重ねた結果、ある種の力を獲得した存在たちだと言える。神の計画を果たすべく、彼らは地球の内部で平和に暮らしているが、彼らの中には地上で活動している者もいる。

  このようにアセンディッド・マスターたちが、外界におけるあらゆるレベルの生命活動を援助していることを覚えておいてほしい。つまり地上だけでなく、地球内部においても、地球を超えて太陽系や他の惑星でもマスターたちが活動している。

  神の偉大な計画や無限性を思えば、これらは少しも不自然でナンセンスな話ではない。不自然でナンセンスなのは、むしろ人間の無知や愚かさ、了見の狭さである。自分が理解できないとなれば、すぐに宇宙の驚異に心を閉ざし、「そんなことはあり得ない。嘘だ。信じられない」と繰り返すばかりだ。

  人間が何かを不可能だと思うのは、まさに無知と無教養の成せる業だ。創造の偉大なエネルギーの源を心から受け入れる光の学習者たちは、我々が日々創造の素晴らしさに直面していること、それが驚嘆に値するものであることを知っている。

  人間たちは原子の神秘は理解しても、太陽の神秘には疑問を呈する。こんなことはとても、思慮分別のある者ならしないはずだ。(地球内部に人が住んでいることを聞き、)彼らのことを自分が知らないからといって、それが彼らが存在しない証明にはなり得ない。

  人類はもう少し、この宇宙に住む他の存在たちについて学ばなければならない。人間の無知や疑念、頑なさによって、宇宙の真理が損なわれることなどあり得ない。それは雲が一時的に太陽を覆い隠せても、太陽の存在自体を消すことができないのと同じだ。地球上には昔も今も、無知の雲が厚く真理を覆っているが、その雲を光が貫く時が到来する。それが今であり、この時代である!

  これまで人々が囚われ続けてきた概念の間違いが、真理の光に照らされて純化する。やがて無知は忘却の海に消え去り、内なる”大いなる私は在る”の光に取って代わることになるだろう。では続いて、今夜の本題に入る』

  そう言うと、サン・ジェルマンは先ほど紹介した白髪の男性を示した。ここでは彼の名を仮にデビッドと呼ぶことにする。

  『我が兄弟デビッドのアセンション(次元上昇)の時が来た。彼はこれまで数々の転生を経て、生命の流れとの調和を成し遂げ、さらなる活動の領域に入れるようになった。これは人間としての意識における最終段階ともいうべきものだ。今回の転生においてそこまで自身を高めることができた彼だからこそ、我々も喜んで援助することができる。詳しいことは実験室に行ってから説明しよう』

.    実験室のドアを開けると、室内全体が白い光でまばゆく輝いている。電子加速器に近づくと、生命のエッセンスが蓄積されているのがわかる。だが残念ながら現時点では、この装置についての詳しい描写は禁じられている。伝えられることは、次元上昇する者が座る椅子が純金のような物質で出来ていたことだけである。サン・ジェルマンの説明では、それは金といくつかの物質を融合させたもので、まだ地球上では知られていないものだという。

  サン・ジェルマンはデビッドに椅子に座るように指示し、彼が腰を下ろすと、椅子の内部から光が輝き始めた。デビッドはくつろいだ様子で両肘をひじ掛けに載せ、背もたれに身を預けた。それは座り心地の良さそうな豪華な椅子だが、その周囲には機械らしきものは何もついていない。準備の間、見ている誰もが得も言えぬ興奮に包まれていた。

  用意が整ったところで、一同は静まり返って次の展開を待った。

  やがて絶大なパワーと輝きを伴いながら、アセンディッド・マスターが宙から姿を現した。そしてそこに居合わせる者たち1人ひとりの光を見定めると、椅子を囲むようにそれぞれを配置し、手をつないで円陣を作った。宙から現れたマスターがデビッドの正面に、サン・ジェルマンが背後に立った。そしてマスターがみなに指示をした。

  『全員目を閉じて、各自の内にある”大いなる私は在る”の力に全ての意識を集中しなさい。そのうえでデビッドの肉体が神の完全性へと上昇するのを喜びを持って称えてほしい。彼は今、宇宙のエネルギーの源である神が授けた本来の自由と支配力を、完全に受け入れられる状態にある』

    次いでマスターは、私(著者)に向かって言った。

 「あなただけは、目を開けてこの場面をよく観察するように」と。それで私は指示された通り目を開け、一部始終を見守ることにした。

  光が非常に強くなっていたので、最初はまぶしくてデビッドの姿がよく見えなかったが、自分も光と一緒に上昇するような感じがしたかと思うと、急に視界が晴れわたった。すると不意に驚くべき現象を目にした。それは白髪で年老いていたデビッドの容貌がみるみる若返っていくではないか! 白髪が濃い栗色に変わり、顔のしわが消えていき、肌の血色が良くなり、顎の白いひげもいつの間にかなくなっていた。

    だがそれ以上の観察は不可能になった。光はさらに強度を増し、光以外何も見えなくなったからだった。光がデビッドを包み込んでいることだけはわかったが、その異様な輝きは私たちをも包んだ。もう体の輪郭が完全に見えなくなったところで、私は自然と目を閉じた。それがどのくらいの時間だったかはわからない。しばらくするとサン・ジェルマンが全員に向かって言った。

  『デビッドの肉体は完全な電子体へと上昇し、我が光の兄弟の大マスターに導かれ、ひとまず光の王国に運ばれた。肉体が永遠の光の体へと変わったことでそれが可能になった。彼はいつの日か、次元上昇を果たした姿で、神々の指示のもとに、人類に奉仕すべく戻って来るだろう』

   サン・ジェルマンの後について「水晶の間」へ向かった。

  サン・ジェルマンは上座に座ると、正面にダニエル・レイボーンを座らせ、全員が着席したところで驚くべきことを言った。

  『明日の晩、今日デビッドがしたことをダニエル、あなたにもやってもらう。ただしあなたの場合は今日のような最終的な仕上げの段階ではなく、体内の原子構造を向上させ、来たるべき時に備えるためだ。それは一般的には「死」と呼ばれるものを経て達成されるが、あなたの場合はそうではなく、必要な援助を受けながら、肉体を衰退させる前に完全な状態へと上昇させることになる』

  そう語ると、次に(ダニエル・レイボーンの娘と息子の)ナダとレックスに向かって言った。

  『以前あなた方に、父親が死ぬことになっても嘆く必要はないと言ったことがあるが、今その意味が理解できたことと思う。我々が”死と呼ばれる刈り入れ人”から解放される手段が「これ」なのだ。この方法を使い意識を失うことなく、神の永遠の遺産である光、完全なる生命と一体化する。

  この段階に達するために多くの者たちが(繰り返す転生という)長い期間を要するが、いずれにせよどこかの時点でその道のりを歩み始めなければならず、しかも最後までやり遂げ、達成しなければならない。人間の体験におけるこの上昇の部分については、長い間人類には知られておらず、理解することはおろか、それが可能であることさえ考えられたことはなかった。

  しかし2千年前にマスター・イエスが上昇について説明し、自ら完璧な手本を示してくれた。(タボール山での変容)  だが人類はその意味を理解せず、長い歳月の末にそれは人間には不可能だという結論を下した。イエスと同じことをする必要はないが、しかし誰もがどこかの時点で、体の原子構造を不完全なものから不朽の電子体に上昇させる必要はある。

  今のこの時代に転生している人間の中には、我々が協力することで意識的に上昇できる者たちもおり、あるいはその可能性のある者も多い。そのために援助できることは我々にとっても大きな喜びだ。原子加速器はその目的のために作られたもので、人類に恩恵をもたらすこれ以上の発明はない。

  デビッドの肉体がどうなったか、あなた方も現実の出来事として目(ま)の当たりにしたわけだが、この装置が強力な媒介となって肉体を上昇させると同時に、それを不朽のものに回復できることを十分理解したと思う。

  この原子加速器は当然、脳にも作用を及ぼし、人間の心や精神活動のバランスを完全にすることで、あらゆる不誠実な行為や犯罪行為も回避することができる。この装置は、アトランティス文明でも使用されていたが、当時はここまで完璧なものではなかった』

食肉目的の家畜の飼育や惨酷(ざんこく)な屠殺(とせつ)、商売はやめなければならない

各自の皿に薄切り肉が現れたが、口にした瞬間、それが肉ではないとわかった。サン・ジェルマンが説明した。

  『この薄切りは、まだ地球では知られていない物質を組み合わせて作った食べ物だ。理解してもらいたい。我々アセンディッド・マスターと呼ばれる者は肉を食べることはないし、本来、人間も肉食をすべきではない。これには明確な理由がある。動物の肉を構成する原子は、ある意味この世の物質が凝縮されたものだ。そこには当然、過去に蓄積されたネガティブな思考や感情が含まれている。

  地球における最初の2度の黄金時代、地球上には動物はいなかった。動物が出現したのはその後、人類が不和を生み出してからだ。人間は自分自身の生命エネルギーの源である”大いなるアイ・アム・プレゼンス””is-be”を忘れてしまった。

  そのようにして闇が生まれ、それが”人間の堕罪(だざい)”と呼ばれる出来事であり、人間の知性は感情を通じた肉体的・本能的欲求に向かった。人間の精神は次第に地球の物質界に沈み込み、生命の神秘や神の計画が見えなくなった人間の感情には、以来ますます不和の要素が入り込んでいった。

  人間が動物を殺すことに執着する限り、自分の感情に宿った悪習慣を断ち切ることはできない。人間自身がその悪癖に縛られ続けてここまで来たわけである。その意味でペットに愛情を注ぐ行為は、人間の精神を向上させ、過去の調和に満ちた創造の一部分を呼び覚まし、生命というものが本来あるべき流れに向かわせてくれる。

  人類が調和を取り戻し、純粋になれば、地球上に生息する動物たちは消滅するだろう。その段階に達した時には、植物の生命状態も変わり、枯れ果てることもなくなる。つまりは地球が、本来の純粋な姿に戻るからである。これは生命エネルギーという神の叡智に従うことを意味している。

  肉食の大きな弊害は、動物たちが屠殺される時に経験した恐怖が、彼らの肉に記憶されている点である。動物たちにも感情体があり、過去に蓄積された恐怖と、殺される瞬間に抱いた恐れの波動が刻み込まれている。当然、その肉を食べた人間の感情体にも吸収される。また凝縮された形で、人間の脳内に溜まっていく物質もある。こうして内なる”大いなるアイ・アム・プレゼンス”から人間の知性に流れ込むはずの、より繊細な衝動は削がれてしまう結果となる。

  だが我々次元上昇した者たちは、それぞれの人間の自由意志を尊重するのであなた方に干渉することはない。恐れ、恐怖心はあらゆる場面や段階で、現代人を支配している感情である。それらはまた、あなた方の人格をコントロールし、破壊的行動に走らせる邪悪な力でもある。滋養強壮に肉食は不可欠だという理論は完全に間違っている。考えてもみなさい。地球上で最も強い生物の一つであるゾウが、肉を食べているか?

動物を殺して作られるワクチン

  同様のことは、動物から作るワクチンにも言える。

  生体に免疫を作り出させて病気を予防するとし、子どもや大人を健康にすると主張しているが、これなども邪悪な力が意識的に行なっている活動の一つである。結果的にこれらは、人類の理想の実現を阻むために行なわれていることであり、人間を破壊的感情に陥らせ、健康と抵抗力を奪うことになっている。

  だがそうとは知らない医学者たちは、科学の名の下で動物たちを殺す破壊行為に加担してきた。なぜそのようなことが起こるのか? それは結局、人間が五感に基づく欲求である、肉体に直結した動物的感情を満たしたいからである。人間の内なる”大いなるエネルギー”はそのために使われており、さらなる不和と破壊を地上にもたらしている。

  肉体的欲求や気まぐれの充足に費やしているエネルギーが、完全性への追求や素晴らしい物事への創造へ向けられるならば、多くの人間たちがアセンディッド・マスターたちと同様の奇跡を実践できるようになる。しかし、人間たちが現在の肉食の慣習を蛮行と見なせるようになるまでには、まだ50年以上の時間が必要だろう。

  自らの意識を介して内なる”大いなるエネルギー”の完全性を求めるなら、先ほど述べた肉食によって脳内に溜まる物質は一掃することが望ましい。影響の多い順に述べると、あらゆる麻薬やアルコール、肉、タバコ、過剰な砂糖や塩、濃すぎるコーヒーなどがある。

  その解決策は、自身の不完全な状態に焦点を当てず、調和によって負の嗜好を克服し、完全になった様を思い描く。あなたの内なる”大いなるアイ・アム・プレゼンス”を呼び起こすならば、苦痛も問題もなく肉体的な面を修正することができることを、常に覚えておいてほしい。

  完全性への道のりは、あなたの”大いなるアイ・アム・プレゼンス”の働きにかかっている。不和や多くのしがらみ、苦痛や限界などの束縛から自分を解放すること以外に、あなた方に求められるものはない。その変革は、内なる神の愛によって調和した形で実現していく。

  脳や体の構造を浄化し、あなたという人格が過去において肉体に取り入れた不要物を一掃するには、自分の”内なる大いなる存在”を呼び起こし、カルマを焼き尽くす「紫の炎」を心身に注ぐことである。その際には次のアファメーション(肯定的な確言)を使用する。

  <<大いなるアイ・アム・プレゼンス(内なる存在)よ、神の愛の炎を私自身に注いでほしい。私が抱える欲求を取り除き、過去・現在・未来にわたる因果を消し去り、内なるあなたの完全性と取り替え、調和と喜びで永久に満たしてほしい>>

  このアファメーションは他者に対しても有効であり、同様の効果が得られる。直立した状態で「紫の炎」に包まれる自分の姿をイメージする。炎は足元から頭上へと立ち昇り、半径90センチほどの幅で周囲を取り巻いている。これを1日最低でも3回は繰り返し、好きなだけこの視覚化をするとよい。内なる浄化の力である愛の炎が体の細胞の一つひとつに染み込み、細胞内の不純物、不要な物質を浄化し、輝かせていく様子を思い描く。

  これは聖なる炎の教えの一つであり、何世紀にもわたって「大いなる白色同胞団」(グレート・ホイワイト・ブラザーフッド)の静修地でのみ伝えられてきた。次元上昇したマスターたちが、人類や地球に浄化と癒しや調和をもたらすべく光を降り注いできた方法であり、一般的に奇跡と呼ばれる事象を起こす力だ。人間の精神や肉体、活動にこれ以上に良い影響を及ぼせるものはない。

  人類が不和を生み出したことが原因で、地球上に動物が出現したと述べたが、覚えておいてほしいのは、鳥たちは人間たちへのメッセンジャーとしてアセンデッド・マスターたちが創造したものである。鳥の中にも獰猛(どうもう)なものたちがいるが、それも人間が発した不和に影響されている場合が多い。

  やがて新たな時代を迎える際、そのようなネガティブな性質は消滅する。大自然、すなわち地上の植物や鉱物の生命は、偉大なる宇宙マスターたちによって創造され、表現されたものである。宇宙のマスターたちとは、それぞれの惑星レベルでの創造を司る存在たちのことである。

  大自然は本来、常に純粋なものだ。

  したがって植物が生命を育む環境に、人間が自分たちの不和の要素や不純なものを強いない限り、現在地上に生息しているような毒を持つ植物は存在しないはずだった。つまり、かつて地球上には自然のあらゆる事象が、人間の精神と肉体に調和していた時代があった。

  自然には不変の自浄作用と自己防衛機能が備わっているが、人間の破壊的で邪悪な気質に耐えられるのはそれでもある程度までだ。そのためしばしば起こる地震や洪水などの大災害は、人間が何世紀にもわたり自然に強いて来た、ネガティブなものに対する自然の側の防衛手段だ。

  人間は幾度も地球への転生を繰り返す中で、自分たちが自然に反する創造を行なってきた事実を悟り、いずれ最終的には自らの神性に則った世界の創造、つまり自身に宿る神性の真の表現に向かうだろう。

  それぞれの時代ごとに、大自然は天変地異で人間にお返しをする。

  自然はマスターたちの創造物であるゆえに、一度牙をむいたら誰もかなわない。人間は自ら生み出した不和の結果、天変地異によって文明もろとも地中に埋もれて海中に沈むが、それでも大自然は純粋さを保ったまま、黙って自らの普遍性を表現し続けるだけである。

  過去に地球上では、栄華を極めた多くの文明が存在したことを思い起こしてみなさい。そうした人類の功績は完全に破壊され、今となってはその文明の痕跡は、一部の伝承や神話としてその名残を留めているに過ぎない。

  人間が本来持つ、神聖な知性を建設的に使い、つまり真の叡智を獲得して自然の強大な力と完璧に共存できるようになれば、人間の為す行為は不滅のものになる。そのためにも、食肉を目的とした家畜の飼育や惨酷な屠殺、またそれに関わる商売はもうやめるべき時期に来ている』

あらゆる不幸や闇や無知は、愛の欠如から生まれる

 レイボーンと私(著者)はその後も毎晩のように、サン・ジェルマンから教えられた知識や指導された事柄を話し合って過ごした。確かボブが地上を去って1週間後、転生について深い議論を交わしていた際に、レイボーンは以前サン・ジェルマンから教わった内容を記したノートを読み上げてくれた。彼の言葉どおり記しておく。

  『地上への転生が、偉大なバランスの法則による前世の過ちを正す機会だと認識できたなら、人間はもっと正しく生きようと努めるに違いない。少なくとも、自分を取り巻く状況に反発したり、支配されることもなく、1回1回の人生から学んでいくはずだ。

  そうでなければ、人間の内に神のエネルギーが宿る意味がなくなってしまう。輪廻転生とは、絶え間なく繰り返される肉体への回帰であり、地球における物質世界での体験は、「原因と結果」の終わりなき円環とも言える。

  あなた方の内なるエネルギー”大いなるアイ・アム・プレゼンス”は神の命・知性・力であり、それは人間の肉体を介して活動する。だが内なるエネルギーである原子的な意識・外的思考が歪んだ習慣から不調和な状態に至ると、”内なるアイ・アム・プレゼンス”はそれ以上拡大はできず、生命本来の発展的な計画の維持や達成も困難になる。その結果、創造の源からのエネルギー供給は減少することとなり、場合によっては一時的に肉体から遠ざかることになる。

  人々が死と呼ぶ現象は、神経経路の光の液体であるシルバー・コードの不足に外ならない。この液体は、肉体内の原子を結びつける力の基となる物質だ。これは、大いなるエネルギーである創造の源からしかもたらされない。内なる”わたしは在る”が注ぐ光を受ける器、それが人間の体であり、その光は建設的な目的でしか使用できないものだ。ところが、その目的・意図が絶えず妨げられると、光は遠ざかり、活動する至高の神殿であるはずの肉体は崩壊へと向かう。

  学習者が転生と生命の真理を本当に知りたいと思うのであれば、内なる生命の源”大いなる私はある”に向き合い、そこから学ぶことだ。自分の内外にある「全知の存在」から叡智を受け入れたとき、初めて自分自身が光になれるのだ。

  どんなに多くの観念や概念や知識を持とうとも、内なる「一なる存在」を感じてつながることが出来ない限り、真の意味で自分の存在意義を知ることはない。形があり知覚し得る世界において、精神活動をやみくもに繰り返したとしても、それらがただ積みあがっていくだけで意味はない。永遠の真理、法則、知性とは、”宇宙の光”である”大いなるアイ・アム・プレゼンス”からのみ生じるものだ。

  転生の真理を証明したいと願うなら、現世における体験と自身の神からの啓示によってたどりつくしかない。どれだけその根拠や現象を並べて見せても、誰にも何の証明もできない。何とかして確証を得たいと望む者には次のように述べておく。アセンディッド・マスターとは、自分で意識を上昇させていった結果、完璧な状態を獲得した者たちだ。だから本人さえその道を選ぶなら、誰でも同じくアセンディッド・マスターになることができる。それは絶対的な真理である。

  学習者が確固たる信念を持ち、自分の”大いなるアイ・アム・プレゼンス”を認め、受け入れたい、絶えず”アイ・アム”を呼び醒ましたい、自分をそのレベルまで高めたい、と心から願い、”アイ・アム”を愛し、生命の素晴らしさに感謝し、寝ても醒めても”私は在る”を使うようになれば、あなたの外的思考(アウター・マインド、顕在意識)は高まっていくだろう。そうなれば、いかなる問いに対しても答えを見出せるはずだ。

  生命の活動の中で最も偉大で重要なのは、生命に対する愛と敬意、感謝の念である。理由は、生命が我々に何をもたらしてくれているかを考えればわかるだろう。精神と肉体の外界での活動は、人間が思考し感じたことが、見える形、蝕知できる形に顕在化したものだ。つまり、自分の関心が反映されるものだと言えよう。

  ”大いなるアイ・アム・プレゼンス(私は在る)”に意識を集中して瞑想すれば、自らの”アイ・アム(わたし)”の完全性が表出された姿に近づくだろう。逆に関心が肉体的な欲求にばかり向かい、飽くなき欲を満たすべく時間とエネルギーを費やすならば、神殿であるはずの体を破壊してしまう。だがあなたがどのような選択をしても、誰もそれに対して干渉はしない。人間には自由意志がある以上、その選択の責任はすべてあなたにあるからだ。

  永遠における究極の命令は、”天の父母のごとく完全であれ”だ。それがわかるまで生命は個々の意識を、何度も何度も何度も、繰り返し人間の転生へと回帰させ、あなたが永遠の究極の命令を理解して果たすまで続けさせる。そして、その命令に従うようになった時点で、あなたの生命の発展的な道のりは不朽のものとなる。

  宇宙の活動と地球へ送られるエネルギーは現在活性化しており、多くの者たちが地球に注がれる増大するエネルギーを感じている。だがそのエネルギーが建設的な使われ方をしていない時、エネルギーは否定的に用いられ、他者や場所などの状況を怒りや恨みとして捉える。そうなれば当然、自らの精神と肉体に著しい乱れを生み出し、周囲まで混乱させることになる。

  そのために、地球を貫く形で起きているエネルギーが拡大する時期には、1人ひとりの人間が自分の感情や思考、発する言葉を厳格なまでにコントロールする必要があり、それが急務となる。(なぜならあなたは、神の生命エネルギー”在って在るもの”に外ならない存在だからだ)。

  自分自身だけでなく自分を取り巻く世界にも、計り知れない損失や大惨事を回避したいと思うのであれば、あなたが建設的な生き方を示すことで他者に手本を示していくしかない。

  地球の歴史上いまだかつて、これほど重要な時期はなかった。地球は現在、新たな誕生に伴う苦難の時代にあり、近いうちに移行期間に入る。争いから平和へ、憎しみから愛へ、利己主義から寛容へと、宇宙の普遍的道のりへと変わりつつある。それは将来、”愛の法則”に則って生きるために、みんなが不屈の精神で臨まねばならないと自覚する時期が来ているからだ。

  どの惑星にも、そこに住む住人にとっても進歩すべき時がある。

  それが、自分たちが属する宇宙組織の神意にのっとり、愛と調和、完全性を表現しながら、より完璧な状態を目指す時期である。その時人類は、成熟した形で宇宙の神意を果たす者と、新たな潮流に馴染めずに抵抗する者とに大別されることになる。そして後者は自分で下した選択肢のゆえに、宇宙の別の領域へと追いやられ、そこで新たに「生命の法則」を学び直すことになる。

  「生命の法則」とは、神(宇宙)、平和、調和、被造物に対する愛である。宇宙の無限の領域であるエーテル界でさえが、この調和で満たされている。あなた方の間で一般的に呼ばれる”地獄”であるが、それをを創り出しているのは人間だけである。あなた方の誰もが、あらゆる瞬間に自分の中に「天国」あるいは「地獄」を持っている。それらは、あなたが自らの感情と精神という態度で生み出した結果であり、ほかに原因はない。

  過去に、人間たちが引き起こしたカオス(混沌)に対し、アセンディッド・マスターと宇宙の偉大な存在たちは、そこに平和をもたらす愛と調和のエネルギーをふんだんに降り注いできた。だが長い間人間たちは、惜しみなく恩恵を与え続けてくれる宇宙の愛の流れに反抗し続けてきた。しかし今、過去に自分たちが創り出した破壊的な創造物の只中で、今後も生き延びて行こうと思うならば、結局、今ここで方向転換をして光を求めるしかない。

  我々アセンディッド・マスターが絶えず命じていることは、”人間たちの苦悩が今すぐ止むためには、人間自身の内に存在する「神のエネルギーの偉大な光」が地球上の人々を包み込んでほしい”ことである。なぜなら不幸も闇も無知も、ただ愛の欠如からしか生まれないからである』

人類は地球での「輪廻転生」レベルを超えられるか

 「死や臨死体験を経ることなく次元上昇する例も稀にあるが、いずれも物質界にいるうちに達成すべきもので、創造の源と肉体をつなぐシルバー・コードが切れてしまうと、もうその体で上昇はできなくなる。そうなると再び地上へ転生し、改めて人生をやり直さなければならない。アセンディッド・マスターの域に達するとは外界での体験を完全に克服することなので、意識的にそれが為されなければ意味がないそうだ」 

  レイボーンはそう言うと立ち上がり、サン・ジェルマンの教えが書き留めてあるノートを、机上の書類カバンから取り出すと、読み上げ始めた。

  『人間の転生の目的は、体を完全にして上昇させる準備のためと言える。肉体の振動数を上げて、内に宿る”アイ・アム・プレゼンス(私は在る)”と一体化することで、肉体は光輝くものとなる。この体は純粋な電子物質からなり、あらゆる限界を解き放つ性質を備えている。それゆえ、電子体もしくはエネルギー体とも呼ばれる。そこへ意識を集中させれば誰もが内なる力を発揮し、光に包まれた体を見るまでになる。当然、最初はまぶしすぎて一瞬しか見ることができない。

  限界から脱しようとする者が、自分の電子体が望むエネルギーを、瞬時に意識的に放てる段階にまで達した時、どの領域における出来事もコントロールが可能になる。これは人間が本来、生まれながらに有する永遠の権利であって、それが地上に生きる目的でもある。

  物質界で体験するために、自然が生命に与えてくれた美しい肉体にどのような不和が生じているか、あなたはもっとよく見つめる必要がある。幼少期や青年期の肉体は丈夫で美しく、あなたのさまざまな要求に応じてくれる。だがそのうちに、調和に欠ける思考や感情の顕れが原因となり、次第に肉体は対応できなくなり、神のエネルギーである生命が住まう神殿・肉体は崩壊に向かう。それは唯一の生命の法則である「愛・調和・平和」に、あなたの顕在意識が従わないためである。

  あなたが自分の生命の源を自覚し、「愛に基づく永遠の法則」に沿って生きることを学ぶなら、誕生と死という転生の輪廻のサイクルから解き放たれ、人間的な問題は消滅する。そして人類最後の敵と称される「死」は消滅するだろう。死はいわば「生命の完全性」にとって、要らなくなった服を脱ぎ捨てるようなものだ。それはあなたが向上できる新たな機会を設けるために、肉体という限界を解消し、魂を解放する。

  ゆえに愛する者の死を嘆くのはエゴイズムでしかない。その者がより好ましい状態になるのを妨げるだけであり、死を嘆き悲しむ行為そのものが法則の作用に抵抗していることだ。それは当人に休息と成長の機会を与えるものである。我々の内に宿る神の意識は死を嘆いたりはしない。嘆くべきではない。人間の魂はこの広大な宇宙において、誰も消え去ることはないと理解しなければならない。これは魂という意識存在の性質を、理解していないために生じている誤解だ。

  故人を思う時、実は意識が向けられた瞬間に相手とつながる。

  人間社会がこの真理を理解するなら、人の死にまつわる不必要な苦悩の鎖を断ち切ることができる。そもそもこうした悩みは、人間の肉体を当人と見なして単なるまとった衣服であることを忘れてしまうからだ。だが衣服に過ぎない体も、(後に次元上昇した体は)永久かつ完全に支配され、いつでも命令どおり機能するようにしておかねばならない。

  その人が幸せと調和に満たされることを願うなら、愛する人を(たとえば植物状態や寝たきり状態などの)無力の状態に縛り付けるべきではないし、休息と解放の場へ向かうのを阻むべきではない。それはたとえ、その人を苦しませたくないという思いが自分の心にあったとしてもだ。

  人類が自ら生み出した死の概念に縛られ、エゴイズムに走るのは結局、この生命真理を知らないからである。この無知が全人類の生命に対する表現を阻み、生命の真の理解を執拗に拒否させている。その結果、「死」に対して無数の人々が、陥る必要のない苦悩や悲しみの淵へと自分を追いやる。

  そのような自己憐憫は注意しなければならない巧妙な感情である。そのような態度は生命への崇高な事柄の理解を妨げ、耐久力を衰えさせ、人をネガティブな思考で包み込む。もしあなたが人生を全うし、マスターへの道を目指すならば、つねにポジティブな思考を保たねばならない。

  人間がもたらした数々の過ちの中でも、「自己憐憫」はエゴイズムの頂点を極める実に厄介な代物(しろもの)だ。自己憐憫に陥ると、あなたの外的自己(顕在意識、低次の自己)は無意味な事柄や人間的な欲だけに囚われるようになる。本来ならば、肉体の上位にあるはずの内なる神”大いなるアイ・アム・プレゼンス”の、叡智や光に向けられるはずのあなたの意識というエネルギーは、破壊的な目的に注がれることになる。

  小我を捨て、内なる神”わたしは在る”を感じ、自らのうちに具現化した生命の完璧さを理解しない限り、人類が今以上に進化し、上昇することはない。

  苦悩はエゴであって、愛ではない! 不和はエゴであって、愛ではない! 惰眠を貪るのはエゴであって、愛でもなければ生命的行為でもない! これらはいずれも人間を隷属状態に陥れるものだ。それらはあなたの抵抗力をむしばみ、生命エネルギーを浪費させる。生命エネルギーは美と愛、完全性を生み出すために使われるべきである。

  残念ながら人間の隷属状態は続いている。それは感情に支配された人間の意識が、欲に従って行動し、必要な努力をしないからだ。気分がよく、欲求さえ満たされていれば自分は幸せだ、人生は最高だとあなた方は思い込んでいるが、われわれから見ると、それは流砂のごとく不安定で危うい状態に見える。それは感情と精神が悪い意味で一体化し、感情にまかせて思考され形作られたものが積まれただけなのだ。

  感情と欲にまみれた生活を続けるだけでは、どんなに転生を繰り返そうとも永遠に、内なる”大いなるわたしは在る”と一体化する方向へは向かわない。なぜなら内なる神の源へ達するに必要なエネルギーと能力を、欲の追求だけで使い果たしてしまうからだ。精神的快楽に溺れるようになった人類は、今やすっかり幼児の集団と化している。

  第二の黄金時代以来、悠久の時の流れの中で、さまざまな救世主たちが定期的に地球へと到来し、人類を支援してきた。だが、それにもかかわらず人間は物質界での創造に呑み込まれてしまった! 誰もがみな外界での活動に気をとられ、もはや自らの内に宿る神を意識することはなくなった。(しかも宗教的洗脳により、神は外に在り、自分たちは救ってもらわねばならない惨めな存在でしかないと、誰もが信じ込んでいる!)  

  そうして「神の電子」である”大いなるアイ・アム・プレゼンス”は完全に忘れ去られ、人間は”神のエネルギー・生命の計画”のほんの一部分しか表現できない存在と化してしまった!』