多数決原理は、万物万象を「平衡化」「平準化」「平均化」するメカニズムを有しています。それは、創造的人間や社会的ダイナミクスのもつ駆動的機能を封じ込める事によって、社会に活動の死滅した状態をもたらす原理。「絶対多数による決定」は、進化プロセスを根こそぎにしてしまう。進化を推進する最重要作用としての自動調整作用や自律的相互作用が封殺されている限り、社会レベルにおける進化は、限りなく絶望的であると断ぜざるを得ない。他律的な決定トップダウン過程が、個人による自律的様式を圧殺し、人々の意識からあらゆる自己決定的機能を剥奪するようであれば、もはや「社会」とは、人類の限りない「退化」を促進するシステム以外の何物でもないのであります。人間とは本来、宇宙意識から流出してきた、自由で創造的なエネルギーの「流れ」であり、巨大な光の分子である。外界の如何(いか)なる状況にも左右されずに、自らの心をコントロールし、「心において宇宙を反映させてゆくこと」こそが、人間の存在意義であり、宇宙的使命なのです。しかし、「身体が自分の全てである」という幻想からは、身体の本能的衝動体主霊従)が至高の快楽として錯覚することになってしまいます。それによってもたらされるものは停滞と退行であり、宇宙進化につながってゆこうという人間の本来の内的欲求(霊主体従)と相反するものとなります。そしてそれは、「人間自身による自己疎外」なのです。