物質の創造過程(現在目にする物質を創っているのは父なる神ではなく神の化身である人間の思考)、人間は創造物を体験し、創造性を表現していくことが出来る。目に見えないながらも大切な本質である感情を体験する。

 思考が魂に記憶されると現実のものとなる。

 思考(速度が全くない)➡光(速度がある)➡電磁場、電気(光を減速)➡物質(さらに減速、凝縮)。

 生命の力には、ひとつだけ法則がある。つねに進化、拡張、そして成長を続けるということだ。

 人生の目的とは、生きることを体験し、そこから学ぶこと、学んだものにさらに磨きをかけ、それを生命という法則の中に取り込んでいくことなのだ。 

 貴方の内に燃える全能の神というこの火、人類と呼ばれるこの物質での知性を通してそれを体験すれば、神とはいったい何なのかについて、完全な視野を与えてくれる。そして、神の何たるかをすべて完全に理解できたとき、内面、外面の宇宙や、物質、肉体、愛、よろこび、哀しみ、それらすべてが理解できたときに、あなたは父なる存在そのものになる。   

 究極の愛とは、生命を、皆の一人ひとりを通した途切れないプロセスにしたいという父なる存在の願いのこと。愛の中でも最も純粋なものとは、あなたが思考のさまざまな次元を探索し、神の精神を広げられるようにと、神が一人ひとりに与えた自由意志のこと。自由意志と呼ばれる神なる本質部分とは、愛のこと。ただ一つの真実とは何だか知っているだろうか。そんなものはない、ということだ。ただ一つの真実がないということは、すべてが真実ということだ。なぜなら、すべてのものは思考から発生したものであり、思考とは神のことだからです。

 あなたが事実と呼ぶもので証明できるものは何ひとつありません。なぜなら、事実というものは、人類の理解と叡智が進化し、変化するにつれて変わっていくからです。

 自分以外のところに理由や答えを求めている限り、内なる声を聞くことはけっしてありません。その内なる声こそが、すべての真実を与えるのであり、在るものすべての創造主の声なのです。自分の世界の主となることも、奴隷となるのを許してしまうこともできます。

 人間が自分を限定する意識から自分を解放するとき、その法律、計画、規則から自由になるとき、人は存在するよろこびと平穏を見つけ、自分とすべての人間を愛することができるようになるだろう。