太陽山偕和尚(たいようさんかいおしょう)  示衆云(じしゆうにいわく) 

青山常運歩(せいざんつねにうんぽし)  起・滅(創造と破壊)同時現成の行の姿。

石女夜生児(せきじょよるにこをうむ)   石(いし)とは、自我(エゴ)が死に絶えてない状態で、意死(いし)のこと。「石女(せきじょ)」は意死の(自我(エゴ)・小我の死んだ)人のこと。

夜」は、知性(頭脳智・分別知)が働かない状態。知(ち)とは光で象徴されるために、知が働かない状態を光のない夜で表している。

自我が死ぬと大いなるすべて・真我・神我・大我と繋がった状態(惟神・他力となり児(こ)を生(う)む」人を救う(石の子を生む)。

石女(うまづめ)とは子供が産めない女性の意味。夜・夜明けの晩空劫已前(くうこういぜん))(朕兆未萌(ちんちょうみぼう))(夜明け前の一番暗い時で個我の死んだ状態)・岩戸隠れ➡岩戸開き(頭脳智・分別知が消滅し本当の知である叡智と繋がる)。大我(潜在意識、霊的意識)体主霊従から霊主体従へ。鶴(つる)・陽・有・分離・創造(三次元の意識)と亀(かめ)・陰・無・統合・破壊(宇宙意識)が統べる(一即多・多即一)全てが繋がっていて本来一つであることの目覚め)。陽(よう)の気が上昇した天(てん)と重く濁(にご)った暗黒の気である陰(いん)の気が下降した地(ち)の統合。「静の中に動を、動の中に静を見る」。「存在するすべてのものは、生命とその流れだけ」「青山常運歩

神世七代の第6代の神で、淤母陀琉神(おもだるのかみ)男神阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)が女神である。両足(オモダル)は「完成した(=不足したところのない)」の意、アヤカシコネはそれを「あやにかしこし」と美称(びしょう)したもの。つまり、人体の完備を神格化した神である。

超意識とは、「制限のない思考」のこと。意識の流れから発する、思考という根本物質。アラ-、阿弥陀仏無量寿仏、天照大神ブラフマン、天の父、空(くう)、存在。無形無双の「宇宙意識」「純粋意識」「グレ-トスピリット」「宇宙生命」「大生命」「大霊」。

「善悪の知識の木(知恵の樹)」は肉我(闇)、「命(生命)の木」は神我(光)。禁断の果実とは、善悪の知識の木(知恵の樹)の果実を指す。